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ほかのページで何度も述べているように、団塊の世代はものすごい人数でした。そのため、ほとんどの学校では一学年10クラス以上あるのが当たり前で、しかも一クラスは50〜60人もの児童・生徒がいました。当然のことながら、どの教室もぎゅうぎゅう詰めで、教室が足りなくて困っていたんですよ。
また、学校は仲間と競争できる格好の場所でした。「団塊の世代」の特徴ともいえる競争心をむき出しにして、みんな充実した学校生活を送っていました。もちろん競争を好まない子もいましたが、そんなことはお構いなし!あっという間にその場の雰囲気に飲み込まれていくのでした。
当時、「団塊の世代」は義務教育を終えた全員が高校へ進学するというわけではありませんでした。実際、まさに団塊世代の私の父もはじめは高校へは進学せずに働こうと思っていたと言います。そんな「団塊の世代」なので、大学進学率はもっと低いものでした。
当時の国公立大学の授業料は月額が1,000円で、インフレなどの物価を考慮しても現在のお金に換算すると1万円ぐらいのものでしょうね。数少ない大学進学者も有名私立大を除いては、だいたい国公立大学の競争率が高く、経済的余裕がない場合などは地元の国公立大学進学を望む学生が多く見られました。そのほか、地方の学生は就職優先で都会に出ていきました。
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「団塊の世代」の子供時代は、どんなものが流行っていたんでしょうね?今の若い世代の人たちにとっては「え〜、こんなものが?!」というようなものもあるかもしれません。20年弱と範囲が広いので、すべてを取り上げることはしませんが、いくつか私が個人的に選んだものや事柄を紹介しましょう。
「団塊の世代」が小学校高学年くらいの1950年代後半、三種の神器はまだまだ庶民にとっては高価な品物でした。今では考えられませんけどね…。三種の神器とは白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫、この3つの電化製品をこう呼んでいました。
三種の神器を買い揃えることは当時の人々のあこがれだったと言ってもいいでしょう。また、日本がこれから経済的にも発展していこうとしている時期にこれらの製品は新しい時代を象徴するアイテムだったのではないでしょうか。スポンサードリンク
| 団塊の世代のあゆみ | 青年期(S41〜S44) |